2026/4/19 4月19日のhomily (鶴山師)

4月19日のhomily(2026/04/19)

鶴山師

 

今日読まれた福音は私にとって、複数味わうべき箇所があり、どの箇所に焦点を置いてお話しするべきか迷う朗読箇所の一つです。ですので、今回は2つ取り上げてみたいと思います。

一つ目は17節「暗い顔をして立ち止まった」です。その理由はクレオパの言葉を読むとすぐに理解できます。「あの方こそイスラエルを解放してくださると望みをかけていました」。 クレオパともう一つの弟子はイエス様が自分たちの望みを実現してくれる方だと思い自分の人生をかけていました。しかし、その夢はイエス様の受難によって崩れ去ってしまった。 私はこの個所を黙想しながら、自分の望み通りの結果が出せなかった多くの人の物語を思い浮かべました。 

まだ三重南部で司牧をしている時に夕方のニュース番組で、元プロ野球選手が地元、伊勢に戻ってきて家業の肉屋を継いだというニュースが放送されたことがありました。今回、キーワードをパソコンに入力して検索をかけてみました。江川 智晃(ともあき)さんという方です。2004年に当時のダイエーホークスにドラフト1位で入団し、プロ初ヒットを松坂大輔さんから放ちます。2013年には12本のホームランを打ったそうですが、一軍に定着できず、2019年に引退。その後、球団で仕事をされていたそうですが、2021年、コロナ渦における需要の低下など、ご実家の稼業である養豚業の苦境を知って地元に戻って来られたそうです。

自分の時間をすべて注ぎ込んできて結果が出なかった、そして野球の世界で生きていきたかったという思いを諦めるという苦しみは大変なものであったことは想像に難くありません。 でも江川さんだけでなく、かなりの方が似たような経験~自分の願いや希望を諦めたということ~をしているんじゃないか、そのようにも思います。 

ちなみに江川智晃さんの場合、2024年の段階で、ご自分のお店のお肉を誰もが知っているブランド肉にしたいと語っており、今回お店のHPを拝見しますと中部地方で質の良い豚肉の生産者として最優秀賞を受けておられるようです。

33節「時を移さず出発して」とありますが、それはクレオパともう一人の弟子が失望から抜け出して新たな希望を持ったことに似ていると思います。そうでなければ暗い道を60スタディオン(約11㎞)引き返すことなどしないでしょう。私たちの人生は夢や希望がいつも叶うわけではない。これが現実です。でもいつまでも暗闇に留まっているわけにはいかない。今日の福音書は私たちの小さな挫折と復活の物語と重なる所があるんじゃないのかなと思いました。

もう一つ心に留まったのは、30節「イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになった」です。この個所はイエス様の所作を通して、ミサにおけるイエス様の臨在を見出すということが本来的な意味です。しかし私はこの個所を黙想した時、私たち一人ひとりと共同体はイエス様の所作を表出しているだろうか、言い換えるとイエス様のしるしになっているだろうか、ということを思いました。教皇職はフランシスコ教皇からからレオ14世教皇へと引き継がれたわけですが、一般の方の目にも「橋をかける」という理念が引き継がれたように映っていると思います。でもそれは単純に前任者の言葉や理念を引き継いだのではないでしょう。

2009年6月11日から1年間を「司祭年」としてベネディクト16世は呼びかけましたが、その時のキーワードの一つはpontifexというラテン語でした。これは直訳すると「橋を架ける人」、もともとはイエス様のことを意味する言葉です。神と人との間に橋を架ける人。それがいつしか司祭職を意味する言葉になった。「橋を架ける」という理念はイエス様ご自身に由来します。 私達はイエス様の所作、いや生き方を模倣しようとしているだろうか? 橋を架けるだけでなく、どのようにしてイエス様の生き方を表しているだろうか、振り返ってみるとよいかなと思いました。

 

参考資料
・https://share.google/5a2CUNePHlI1zaZiP 年商20万円から1億円に プロ野球界では心配された「優しすぎる性格」が養豚業で開花した 元ソフトバンク鷹のドラ1が目指す日本一の豚 RKB毎日放送 2024年3月25日(月) 12:43
・https://share.google/5Krx1A2OTPUpGsrd5 まるとも荒木田商店

 

2026年04月25日