私がイエス様と出会って他の人に伝えたいこと

私がイエス様と出会って他の人に伝えたいこと

                                                               大塚乾隆

 5月28日にブロック大会が行われました。ミサ後は「私がイエス様と出会って他の人に伝えたいこと」をテーマに8人が自分の体験を分かち合いました。一人ひとり体験は異なりますが、私たち一人ひとりにイエス様が働いていらっしゃると思いました。ここでは、私の「私がイエス様と出会って他の人に伝えたいこと」を分かち合います。

 イエス様は私たちといつも共にいて下さいますが、そのことを私たちはどのように感じるのでしょうか。私たちはイエス様・神様にどうやって近づいていったら良いのでしょうか。「イエス様と出会う」という言い方を耳にしますが、出会いである以上お互いが向き合って、互いに近づいていくものであることを考えると、私たちの側にも積極的な動きがあっても良いものです。
 
わたしがイエス様と出会って他の人に伝えたいと思うことは、「イエス様は先に私たちを無条件で愛してくれていて、私たちが心を開けば開くほど、私たちはより豊かに神の愛・神のいつくしみを感じられる」ということです。
 
 神学院に入って一年目の終わりに、8日間の霊操を受け、その最後の時にゆるしの秘跡を受けました。ここまで準備をしてゆるしの秘跡を受けたのは初めてでした。何が罪なのかを黙想したので、私は自分の罪深さに気づきました。そして、この罪をゆるしてほしいと願うのと同時に、罪を認めたくない思いが生じました。自分の罪を認めるのは怖いことであり、それは神様から隠れるアダムとイブのようでした。一歩踏み出せばゆるしが得られると頭ではわかっているのに、それが怖かったのです。しかし、このように考えるのは人間の考えでした。全てを信じ、全てを神様に委ねることで、罪を告白することで、すでに私をゆるしてくださっている神様・イエス様と出会うのです。
 これはまさに目の見えない人が見えるようになったのと同じような喜びです。「閉じた目はひらき、躍り上がる喜び、これぞ神のみわざ」、まさにそんな感じがしました。神様のゆるしは、心の狭い私たち人間のゆるしと大きく違います。神様は①一度ゆるせば、そのことをネチネチと咎めませんし、②どんな罪でも私たちが心からゆるしを願えばゆるして下さいます。このことを体感した私は、神の愛・神のいつくしみが、どれほど大きなものかを感じることができました。
 まさにゆるしの秘跡によって、私たちが積極的に関われば関わるほど、心を開けば開くほど、神の愛・神のいつくしみを実感できるのです。

 罪について振り返ることで、私たちは悪循環に陥ってしまいます。深みに沈めば沈むほど、私たちは自分でどうすることもできないことも知るのです。でも闇が深い時にこそ、イエス様の光が私たちを照らしてくださっていることを強く感じ、出口が見えるようになります。

 日々の生活において、良いことばかりではありません。辛いこともたくさんあります。でもその時にこそ、「共にいて下さるイエス様」は私たちを励ましてくれるのですが、イエス様が共にいて下さるとはどういうことなのか、私たちはどうやってそれを感じれば良いのか、今日はそれを分かち合いたいと思いました。皆さん、どうか良い準備をしてゆるしの秘跡を受けてください。「閉じた目はひらき、躍り上がる喜び、これぞ神のみわざ」、私たちが神様によって永遠にゆるされていることを感じることができるでしょう。

2017年07月19日